小鳥遊優 バイクを買わされる(天久鷹央の日常カルテ)

『火炎の凶器事件』に自分を救うために廃車となった鴻ノ池のバイクを買うことになった小鳥遊。金欠の小鳥遊は、何とか安いバイクを勧めようとするが……
知念実希人 2026.04.09
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では、天久鷹央の日常カルテをどうぞ✨

***

 とある初夏の金曜の夕暮れ。朝からの救急業務を終えて疲労困憊の僕は、天医会総合病院の屋上にある、僕のデスクが置かれた小さなプレハブ小屋の扉を開けた。中に入った僕は、むわっとした熱気に顔をしかめつつ、救急部のユニフォームの上着を脱ぐ。


 さっさと自宅に帰ってゆっくりしよう。明日からの週末は珍しく予定も入っていないし、家でダラダラ過ごそうか。そんなことを考えつつ、椅子の背にかけてあるポロシャツに手を伸ばしたとき、勢いよく扉が開いた。


「おっ邪魔しまーす!」

 快活な声が狭い空間に響き渡る。反射的に僕はポロシャツで体を隠した。

「こ、鴻ノ池?」

「はい、鴻ノ池です!」

 白衣姿の鴻ノ池舞は、ビシリと敬礼をする。


「いや、『鴻ノ池です』じゃないだろ。ノックぐらいしろよ」

「そんな水臭いこと言わないでくださいよ。私と小鳥先生の仲じゃないですか」

「どんな仲だよ。いま着替えているんだ。外で待ってろ」

「あっ、気にしなくて大丈夫ですよ。私、高校時代水泳部でしたから、男性の上半身の裸ぐらい見慣れていますから」

「僕が気にするんだよ!」

 声を張り上げながら、僕は慌ててポロシャツを着た。

「で、なんの用だ?」

 疲労が濃くなっていくのを感じながら訊ねる。早く帰って休むためにも、一秒でも早く天敵であるこの研修医を部屋から追い出したかった。

「いやあ、しかし小鳥先生、はじめて見ましたけど、けっこういい体してますね」

 鴻ノ池はいやらしい笑みを浮かべる。

「三角筋とか広背筋がかなり発達しているし、体脂肪率も低いから腹筋も割れてる。彼女ができないとかよくぼやいていますけど、病棟でその筋肉見せつければ、ナースとかにアピールできるんじゃないですか」

「……んなことしたら、彼女ができる前に逮捕される。セクハラしに来ただけなら、さっさと帰れ」

「ああ、すみませんすみません、ちゃんと用事あります」

 鴻ノ池は軽く咳ばらいをすると、僕の目をまっすぐに見た。

「恋人がほしいんです」

 僕の口から「は?」という呆けた声が漏れる。

「だから、恋人がいなくてつらいんです。研修のストレスを癒してくれるような、一緒に夜を過ごしてくれるような恋人がいなくて、この何日間か体が疼いて仕方がないんです」

「そ、そうか……」

 鴻ノ池の赤裸々な告白になんと言っていいか分からず、僕は戸惑う。

「えっと……、それはもしかして、誰かいい相手を僕に紹介して欲しいってことか?」

「いえいえ、違いますよ。紹介して欲しいわけじゃありません」

 鴻ノ池は首を横に振る。

「私に新しい恋人を買って欲しいんです」

「そんな、ヤバいこと出来るわけないだろ!」

 声が裏返る。

 鴻ノ池は不思議そうに、「ヤバいって何がですか」と小首を傾げた。

「いや、だってお前、恋人を買うって、そんな……」

「この前、約束してくれたじゃないですか。私に新しい恋人を買ってくれるって」

「そんな、アンモラルな約束した覚えがない!」

「いえ、しました。二週間前に。ちゃんと思い出してください!」

 鴻ノ池の勢いに圧倒された僕は、「は、はい」と記憶をさらう。二週間前というと、ちょうど『人体自然発火現象』の事件が解決した頃で……。そこまで思い出したとき、「あっ!」と声が漏れた。

「思い出してくれたみたいですね」

 鴻ノ池は楽しげに言う。

「お前の言う『恋人』ってもしかして……」

「はい、バイクのことです!」

 鴻ノ池はにっと口角を上げると、両手を広げた。

「というわけで、明日はバイクショップにデートに行きましょう」

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