鴻ノ池舞&天久鷹央 ラジオ体操をする(天久鷹央の日常カルテ)

天久鷹央と鴻ノ池舞のわっちゃわちゃした日常をお楽しみください✨
知念実希人 2026.04.02
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「鷹央先生、ラジオ体操の時間ですよ!」



 八月半ばの午前六半時頃、私、鴻ノ池舞は上下ジャージ姿で、天医会総合病院の屋上に鎮座する鷹央先生の“家”の玄関扉を開け放った。



「……なんだよ舞? 土曜の朝っぱらから」



 いつも通りの若草色の手術着を着て、ソファーに寝転んで本を読んでいた鷹央先生は眉をひそめる。寝癖なのか、普段よりウェーブが強く出ているへアスタオイルが可愛らしくて、思わず萌えてしまう。



「この前、話したじゃないですか。体力をつけるために、一緒にラジオ体操に参加しましょうって」



「はぁ? そんなこと話したっけ?」

 鷹央先生は手にしてた本(なんか『部下を思い通りしつける方法』とか表紙に書いてあるけど気にしない)をわきに置くと、可愛らしく首を傾けた。

「話しましたよ。ほら、一昨日、診療終わってここで小鳥先生と一緒に三人でダベっているときに」

「……思い出せない」

 数秒、視線を彷徨わせたあと鷹央先生は再び『部下を思い通りしつける方法』に手を伸ばす(小鳥先生、いま以上にしつけられちゃうのかぁ……)。過去のことがらを、DVDで映画を見るように頭の中で再生する能力を持っている鷹央先生が「思い出せない」わけがない。

 つまり、最初から覚えていないのだ。



 あのとき私の話、聞き流されていたんだぁ……。ちょっとへこむが、すぐに気を取り直した私は、薄暗い部屋に無数に生える“本の樹”の間を縫ってソファーに近づいていく。

「覚えていなくてもいいですから、ラジオ体操に行きましょうよ。すぐ近くの公園でやっていますから」

「なんでラジオ体操なんてしないといけないんだ? 小学生じゃあるまいし」

 鷹央先生は露骨に面倒くさそうにかぶりを振る。

「体力をつけるためですよ。ほら、この前、小鳥先生にからかわれていたじゃないですか、引きこもっているから、ナマケモノ並みの体力しかないって」

 猫を彷彿させる鷹央先生の大きな目が険しくなる。

「あの脳まで筋肉で出来た空手馬鹿が体力ありすぎなんだ。女の私があいつより体力無くても当然だろ」

 いやあ、鷹央先生、同年代の女性と比べても、飛び抜けて体力ないと思うんだけどなぁ……。

 そんなことを考えながらも、私は内心ほくそ笑む。やっぱり、鷹央先生を焚きつけるには、小鳥先生をダシに使うのは一番だ。

「だから、この夏、毎朝ラジオ体操をして小鳥先生を見返してやりましょうよ。私、すぐ裏の寮に住んでいますから、毎朝迎えに来れますし」

「……でも、ラジオ体操みたいな軽い運動で、体力なんかつくのか?」

「運動習慣がない人が急に負荷の強い運動をしたら、怪我とかしちゃいますからね。まずは体を慣らす意味でも、ラジオ体操くらいからはじめるのが良いと思うんですよ。ねっ、やりましょうよ。ねっ、ねっ」

「分かった。分かったから迫って来るなって。行くよ、行けばいいんだろ」


 渋々といった様子で立ち上がった鷹央先生を見て、私はにっと口角を上げた。

「いやあ、鷹央先生がやる気になってくれてよかったです。小鳥先生も喜びますよ」

「小鳥? なんであいつが出てくるんだ? あいつを見返すためにやるんだろ」

 思わず口が滑った私は、慌てて「なんでもないです、なんでもないです」と胸の前で両手を振った。

 実は、このラジオ体操大作戦の立案者は、なにを隠そう小鳥先生なのだ。あまりにも鷹央先生に体力がないので、ラジオ体操にでも一緒に行って少し運動させてくれと、先日小鳥先生に頼まれた。

「小鳥先生が誘えばいいじゃないですか」と言う私に、小鳥先生は「僕が言ってもあの人は聞いてくれないよ」と肩をすくめたのだった。

 そんなことないと思うんだけどなぁ。たぶん、最初は断っても、本気で小鳥先生が誘えば、ぐちぐち言いながらも鷹央先生、まんざらでもない様子でついていく気がするんだけどなぁ。

 そう思ったのだが、鷹央先生と毎朝デートするのも楽しそうなので、引き受けたのだった。


 さて、鷹央先生の気が変わらないうちに、さっさと行ってしまおう。


「じゃあそういうことで、さっそく行きましょう。鷹央先生」

「わ、ちょっと待て。行くって、行くからそんなに引っ張るなよ」

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 体操開始寸前に到着した公園には、すでに二十人近い人々が集まっていた。メインは夏休みの小学生だが、老人の姿もちらほらと見える。

「やっと、ついた……」

 鷹央先生は肩を落としながらつぶやく。

 なんか、すでに疲れ切っているように見えるのはきのせいかしらん。微妙に息も切れているし……。

 病院からこの公園までは、三百メートルほどしか離れていない。まさか、その距離を歩いただけで疲れるなんてこと……ないよね?

 係の人が「そろそろはじめまーす」と声を上げた。辺りにいた人々がそちらに集まっていく。

「た、鷹央先生。もうすぐはじまるみたいですよ。行きましょう」

 引きつった笑みを浮かべながら促すと、鷹央先生は枷がつけられたかのような重い足取りで移動しはじめた。

 ある程度の距離を取って人々が並び、準備が整う。係の人がラジカセのスイッチを入れ『ラジオ体操第一、よーい、はじめ!』という声が響き渡った。

 久しぶりにラジオ体操をする私は、正面に立つ係の人の動きを見て記憶を探りながら体を動かしはじめた。

 鷹央先生、できているかな?

 手を振って屈伸運動をしながら、私は横目で隣を眺める。その瞬間、思考が停止した。

 私はいま、……何を見ているのだろう?

 気づくと口をぽかんと開き、棒立ちになっていた。そんな私の視線の先では、鷹央先生が、なんというか……不思議な動きをしていた。

 それはまさに『不思議な動き』だった。

 例えるなら、タコのようにぐにゃぐにゃで、それでいて油切れのブリキの玩具のようにかくかくとした生物が、必死にパラパラを踊っているというか……。

 人間って、ここまでぎこちない動きが出来るもんなんだ……。

 鷹央先生がふざけているわけではないということは、その鬼気迫る表情からも明らかだ。


 鷹央先生の前衛的な体操(?)に気づいた周りの人々が、次々と動きを止めていく。やがて、参加者全員が体操をやめ鷹央先生を見つめはじめる。かろうじて係の人だけが、唖然としながらもなんとか見本としてラジオ体操を続けていた。

 そして、ラジオ体操は終わった。同時に、鷹央先生は両手を膝について酸素を貪りはじめる。そのあご先からは汗のしずくが零れ落ちている。

 ……なんで、ラジオ体操やっただけで、フルマラソン走り切ったみたいになっているの?

 まだ固まっている私に、鷹央先生はうなだれたまま、息も絶え絶えに話しかけてくる。

「やったぞ……、舞。私は……やり切ったぞ」

「そ、そうですね。やりましたね、鷹央先生」

 頬がぴくぴくと痙攣するのを感じつつ、私は小さくガッツポーズを作ったのだった。

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「やだ、行かない。絶対に行かない」

 翌日、日曜の早朝、ラジオ体操に連れて行こうと“家”に入るや否や、鷹央先生ははっきりと言った。

「そんなぁ、昨日一回参加しただけじゃないですか。三日坊主にもなってないですよ」

「昨日のラジオ体操のせいで、全身筋肉痛なんだ。もうあんなつらいこと、二度とやりたくない」

 ラジオ体操って、筋肉痛になるような運動だっけ……?

「そうやって、筋肉痛を乗り越えていくうちに体力がつくんですよ。ほら、継続は力なりって言うでしょ。行きましょうよ」

「絶対ヤダ! ヤダったらヤダ」

 鷹央先生はソファーの背もたれにしがみつきはじめた。こうなった鷹央先生はてこでも動かない(力づくならできるかもしれないけど、小鳥先生にならともかく、可愛らしい鷹央先生にそんな乱暴なことはできない)。

 けれど、やっぱり運動してもらわないことには、ナマケモノどころかナマコ並みの体力をどうにか出来ないしなぁ。

 困った私は、仕方なく専門家の意見を聞くことにした。

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