鴻ノ池舞 折檻される(天久鷹央の日常カルテ)
「ああ、痛いです。小鳥先生、マジで痛いですって」
両こめかみを拳でぐりぐりとされながら、私、鴻ノ池舞は悲鳴を上げる。
「お前がでたらめの噂を流そうとするからだろうが!」
ようやく私のこめかみを放した小鳥先生は、顔を紅潮させながら言った。屋上からこの医局まで私を追いかけてきたので、息が乱れている。
「でたらめなんかじゃないですよ。さっき、ちゃんと私、見ましたからね。小鳥先生が屋上の〝家〟から出てきたのを。昨日、鷹央先生と熱い夜を過ごしたんでしょ」
私はこめかみを押さえながら言う。
「おかしな想像するな。鷹央先生と酒盛りをして潰されたから、ソファーで寝ていただけだ!」
「そんなことないはずです。ちゃんと、小鳥先生を落とすためのスペシャルテクニックを、鷹央先生に教えておいたんですから」
「なにがスペシャルテクニックだ。あんなベタな恋愛映画みたいなこと鷹央先生に教え込みやがって。あの人、全然意味わかってなかったぞ」
「そんなうぶなところが可愛いんじゃないですか。鷹央先生が目をつむったとき、ぐらっときたでしょ。で、そしてそのまま押し倒して……」
私は自分の両肩を抱いて身をくねらせる。
「お前が鷹央先生に渡したメモを見て、呆れてめまいがしたせいで、ぐらっときたよ」
「えー、もしかして、本当になんにもなかったんですか? 若い男女が一晩一緒に過ごしたのに?」
「だから、そう言っているだろ!」
小鳥先生の声が大きくなる。私は顔を突き出すと、上目遣いに小鳥先生の顔を覗き込んだ。小鳥先生は「な、なんだよ?」と軽く身を反らす。
あ、これホントになんにもなかったわ。
私は大きく嘆息した。お人好しの小鳥先生は嘘をつくとすぐ顔に出るのだ。いまは明らかに本当のこと言っている。
「……甲斐性なしなんだから」
私が独り言を耳ざとく聞きつけた小鳥先生は、口をへの字にゆがめた。
「誰が甲斐性なしだ!」
「だって、せっかく私があそこまでお膳立てしたんですよ。若菜さんにフラれた小鳥先生を、鷹央先生が慰める。それによって、小鳥先生が胸の底に眠っていた鷹央先生への想いに気づいて……」
そこまで言ったところで、私は口をつぐむ。小鳥先生の顔に一瞬浮かんだ、どこまでも哀しげな表情に気づいて。
若菜さんにフラれて落ち込んでいるという単純な話かと思っていたが、どうやらなにか深い事情があったようだ。私には知りえない、なにか深い事情が。
そういえば、若菜さんが今月でこの病院を退職するという噂も聞いた。きっと、それも関係しているのだろう。
これは他人の私が口を出していいことじゃないな。瞬時にそう判断した私は、慌てて話題を変える。
「あっ、そうだ。小鳥先生。今度また合コン開きません?」
