名探偵との邂逅(『硝子の塔の殺人』アナザーストリー)
スピーカーから流れてくるジャズの心地よい旋律が車内の空気を揺らす。
つい先月、納車されたばかりのミニのエンジンの鼓動を楽しみながら、碧月夜は無意識に鼻歌を口ずさんでいた。
フロントガラスの向こう側に伸びる細い車道には、うっすらと雪が降り積もっている。左右に覆いかぶさるように木々が枝を伸ばしている森も、深い雪に覆われていた。
天気予報ではこれから雪が強く降り始めるはずだ。
「いい雰囲気だね。これは文字通り吹雪の山荘になるかもしれない。まさにクローズドミステリーの花形だ」
月夜は目を細めると、忍び笑いを漏らす。
『吹雪の山荘』、その言葉を口にしただけで、体温が上昇した気がした。
自他共に認める名探偵である月夜にとって、吹雪の山荘に赴くことは、この上ない喜びだ。しかも、いま向かっているのは、世界有数のミステリマニアとして名高い大富豪である神津島太郎が、莫大な費用をかけて長野県の山奥に建てたガラスの尖塔、通称『硝子館』だ。

人里離れた山奥に建てられた、異様な作りの館。当然思い出すのは、日本で最も有名本格ミステリーと言っても過言ではない、綾辻行人の『館シリーズ』だろう。
日本の、いや世界のミステリー愛好家に衝撃を与え、新本格ミステリムーブメントの起爆剤となった『十角館の殺人』をはじめ、『時計館の殺人』や『迷路館の殺人』などの名作揃いのそのシリーズを、月夜はこれまで何度も何度も繰り返し、もはや暗唱できるほどに読み込んでいた。
しかし、神津島太郎の館シリーズに対する愛情は、月夜のそれを遥かに凌駕している。
何十億という私財をはたいて山の奥に、自らのオリジナルの館を建てるという常軌を逸した行動。それを聞いたとき、月夜は深い感銘を受け、いつか硝子館を訪れてみたいと密かに願っていた。
そんな夢が今日、実現する。思わず口元が緩んでしまう。
数週間前、神津島太郎の執事から突然連絡があった。
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