天久鷹央 佐倉綾音さんの健康診断をする

「なんで私が、健康診断の結果説明なんてしなくちゃいけないんだよ?」
いつもの若草色の手術着の上に白衣をまとった姿でソファーに横たわりながら、僕の年上の上司である、天久鷹央は面倒臭そうにつぶやく。
とある日の夕方、通常勤務を終えた僕、小鳥遊優は、天医会総合病院の屋上に建つ、鷹央の自宅兼、統括診断部の自宅である“家”にいた。
「VIPなんですよ、VIP 。鷹央先生が直接健康診断結果の説明をするように指示されているんです」
僕が説明すると、鷹央は露骨に顔をしかめた。
「誰の指示だよ? 叔父貴のだったら断っておけ。『ふざけるな、私は忙しいんだ』ってな」
「忙しいって、鷹央先生、漫画読んでいるじゃないですか……」
「漫画を読むのに忙しいんだ。いまヒロアカがめちゃくちゃいいところなんだよ。お茶子とトガヒミコの決戦なんだ。トゥワイスになって無限増殖しているトガヒミコをここで止めないと、最終決戦はヴィランの勝利に……」
「知りませんよ。それに、ヒロアカのその巻まだ僕は読んでいないんですから、ネタバレやめてください」
僕が文句を言うと、鷹央は珍しくピタッと口をつぐんだ
「そうだな、ネタバレはダメだよ。うん、それは七つの大罪に新しく入ってもいいほどの。決して許されざる罪だ」
「いや……、そこまでは……」
「特にミステリー作品の犯人のネタバレをしようとする奴は許せない。殴って止めても正当防衛が成り立つ」
「過剰防衛ですって」
僕が突っ込むと、鷹央は「とにかく」とかぶりをふると、再びマンガ本を読みはじめる。
「私にはこの少女たちの戦いの行方を見届ける義務がある。分かったら叔父貴にそう伝えておけ」
「鷹央先生が説明するように指示をしたのは、院長じゃないんですよ」
「叔父貴じゃない? じゃあいったい誰が私にそんな面倒なことを押し付けようとしているんだよ」
「真鶴さんです」
僕が告げた瞬間、鷹央の表情がこわばる。
「ね、姉ちゃんが……?」
「はい、そうです。真鶴さんに伝えますか? 漫画を読むので忙しいので、そんなことしているヒマはないって」
「な、なに言っているんだ。健康診断の結果説明だって医師としての大切な仕事だ。もちろん喜んでやるぞ」
鷹央が早口でそう言ったとき、ノックの音が響き玄関扉がゆっくりと開いていく。
「お邪魔します……」
入ってきたのは、白いワンピースを着たすらりとしたスタイルの女性だった。ボブカットの艶のある黒髪、やや垂れ気味の大きな瞳、涼やかな高い鼻筋、一目見ただけ息を呑むような魅力がその全身から醸し出されている。
「……なに鼻の下伸ばしているんだよ」
鷹央が冷たい視線を浴びせかけてくる。僕は「なにも伸ばしていません!」と慌てて口元を押さえた。
「あの……、健康診断の結果をここで説明を受けるように言われて来たんですけど」
うす暗く“本の樹”が大量に生えている室内を、女性は不安げに見回す。
「おお、お前がVIPか。説明してやるからこっちにこい」
真鶴の指定したVIPをさすがに蔑ろにすることはできないと思ったのか、鷹央は手招きをする。女性は「はぁ」と首をすくめるとこちらにやってきて、一人掛けのソファーに腰かけた。
「こちら、声優をなさっている佐倉綾音さんです」